160702休み マッギンレー展 クリーピー
オペラシティにマッギンレー展に。
会期終了間近やからか人多かった。
ヌード写真はあんまり好きやない。
美しくもないし生々しくもない。
裸であることになんの意味があるのかわからん。
タトゥーの国の人には意味があるのか。
大自然の中での裸はギャグにしか見えない。
いやすごく寒そうとかすごく痒そうとかそういうのはわかるけど
今日の気分でしかないと思うけど裸になりたいとは思わなかった。
でも自分ならどんなポーズをとるのかを考えるのは楽しい。そこからこの人がなんでこのポーズ取ったのかとか考えたりして。
その後黒沢清のクリーピーを。
映画『クリーピー 偽りの隣人』公式サイト | 大ヒット上映中
客はいっぱいいた。
隣の客は男二人で喋ってた。まじでうざい。
黒沢清らしい、ロジカルな会話が出てくるのに全然ロジカルじゃないストーリーとか謎の空間とか、車の移動とか盛りだくさんで面白かった。
竹内結子に寄せて見るとかなり切ない。
彼女の抱えていた孤独と諦観と希望にすがりたい思いとかを想像できないとかなりわかりにくくなるやろうなー。
とはいえ辞めたのに事件にのめり込む西島とけっきょく彼をつないでおけない竹内のコントラストがもう少しあってもよかったのかも。そうすると意味が出すぎるか。
最後にお菓子を食べさせるシーンの距離感はエロい方が救われたけど、それすらないのはとても悲しい。
大きな悲劇があって二人は再び感情で向かい合えるようになったのか。まあ、決定的な絶望なのかもしれないけど。
いやでも西島秀俊強かったし向き合えるんやろうなと思うとわりとつまらん。
しかしあれな、サイコパス出てくる系だと冷たい熱帯魚とか凶悪とか万獣こわいとかの方がサイコパス怖い感はでてたよな。
その観点からもやはりそういう映画やなんやろうなー。
人の気持ちはどこまでわかれば普通の人なんやろうか。
ある条件設定の中では読まなくても許されるのだろうか。
僕たちのリミットはどこで外れるのだろうか。
ここでも、一度起こったことは起こり続ける。