今日は母親の誕生日だった。
そして両親が上京してきた。
前菜盛り合わせ
パスタ菜の花のやつ
羊
デザート盛り合わせ
東銀座のピッツェリア。
食い過ぎ。そして長男の金。
今日思ったのは、母親にとって子どもは自分が心血注いでつくりあげた作品だということ。
子どもを否定することは自分を否定すること。
まぁそこに愛があるのかもしれない。
けれど哀れでもある。
少なくとも、哀れだと思う子どもを育てたのは哀れだろう。
そんな親への申し訳なさが飯代なのか。
まぁ別に、コミュニケーションは全て中空である気はする。